移住ガイドブックが誰に向けて書かれるのか
P1 主
P2 副
P3 副
N1 対象外
S1 受け入れ側
ペルソナは人数を増やすものではなく、誰に向けて書き、誰に向けて書かないかを先に決めるための道具である。だから5体には役割の違いがある。
人が今の暮らしから新しい暮らしへ乗り換えるとき、4つの力が働く。押す力と引く力の合計が、不安と慣性の合計を上回ったときに乗り換えが起きる。
| 押す力 | 今の暮らしの不満。人が探し始めるきっかけになる摩擦 | 引く力 | 新しい暮らしの魅力。自分のために思い描く前進の見通し |
| 不安 | うまくいかない恐れ。「もし失敗したらどうしよう」 | 慣性 | 今のままでいることの楽さ。すでに知っていることの心地よさ |
各項目の右端に、その記述の出どころを示す記号を置いてある。
「この年収はどこから出たのか」と問われたら、【設】と答える。 【設】の項目を根拠に誌面を決めた瞬間、この資料は使えないものになる。
記述のどの部分も実際のデータに結び付けられないなら、それはペルソナではない。創作物であり、重要な設計判断や事業判断の材料に使ってはならないものである。[26]
押す力 + 引く力 > 不安 + 慣性 のとき、移住が起きる 押す力と引く力は十分にある。動いていないのは不安と慣性が残っているからで、そこは紙で下げられる。
ガイドブックは、探している人ではなく止める側に向けたページを持つ必要がある。 現行ガイドブックのStep.3「家族の合意は?」がすでにこの論点を扱っている[14]。移住後の平日は、亮平さんが6:50に出発して千代田インターチェンジから広島市中心部まで車で約40分[14](別経路の計測では千代田運動公園から広島駅まで55分・51.2km・高速1,210円)、往復で1時間20分から1時間50分を車の中で使う。
町内の気象庁の観測点は大朝(標高399m)・王泊・都志見・八幡(標高774m)の4か所で、千代田地区にはない。八幡は年間降雪605cm・最深積雪120cm、大朝は319cm・50cmと同じ町内で約2倍違う[6][7]。「雪が多い町」と一括りにすると、雪の少ない地区に住むという選択肢が消える。地区別の数字をどう埋めるかは、町と決める必要がある。
| 不安①② 雪 | 冬季運転の準備を実務手順で書く(タイヤ交換の時期、除雪路線図、通勤ルートの代替)。観測点別の積雪表を載せ、千代田地区に公式数値がないことは無いと書く |
| 不安③④ 医療と高校 | 町内の二次救急3病院の所在と診療科[8]、病児・病後児保育室「ユーカリ」[38]。高校は町内3校を挙げ、芸北分校が町の総合戦略で「存続の危機」とされている事実[2]も併せて書く |
| 不安⑤⑥ 付き合いと費用 | 行政区単位で書く。神楽が入口になっている[38]。生活費の実額を更新して載せる(現行の数字は2016年時点)[14] |
| 慣性 | 手続きの順序と所要日数を1ページにする。地区を選ぶための比較表を用意して「決められない」状態を解く |
同じ型で実際に移り住んだ方の言葉。
押す力 + 引く力 > 不安 + 慣性 のとき、移住が起きる この層は決断済みで来ることが多い。紙が効くのは決断の前ではなく、改修と制度でつまずかせないための実務情報である。
| 国の移住支援金 | 対象外。北広島町は対象18市町に含まれていない(隣接する安芸太田町は対象)[3] |
| 町のUターン奨励金 | 対象外。過去に町に住民票がなく、夫は43歳で年齢要件(16〜39歳)も外れる[4] |
| 空き家活用定住 促進事業補助 | 要確認。この補助は「3親等以内の親族から取得した者は除く」と定めている[5]。妻の祖父母は姻族2親等であり、これに当たると読める。姻族を含むかは要綱の解釈次第で、この資料では判定できない |
| 創業支援の補助 | 該当しうる(上限30万円)[38] |
町に確認したいことが1点ある。「空き家活用定住促進事業補助の『3親等以内の親族』に姻族を含むか」。含むなら、配偶者の親族の家に入る世帯は住宅改修の補助を受けられない。
| 不安②④ 改修費と制度 | 見積の取り方を書く(「構造部・水回りを先に見る」「相見積もりを取る」「補助の対象経費と対象外を分けて示す」)。施工業者が町内に限られる点も先に書く[5]。制度の対象・非対象を表で出し、「地縁がある人は住宅補助が使えない場合がある」という噛み合わせを隠さずに書く |
| 不安① 客が来るのか | 町内の商圏規模(人口約1万6千人)[1]とスキー場の状況を数字で出す。芸北国際スキー場は2020年初旬の営業を最後に雪不足で休業。芸北高原大佐スキー場は2026年2月21日で今季終了。やわたハイランド191リゾートは異常高温で2026年3月1日に早期終了[38]。「客が来る」と書けない事実を書く |
| 慣性 | 空き家の権利関係(相続未登記・共有名義)の整理手順を書く |
この人は募集要項から入る。移住情報から入らない。ガイドブックを読む前にもう応募している。
だから紙の役目は「移住を決めさせること」ではない。着任後の生活を支え、離れさせないための道具になる。誌面の目的が層ごとに違うという、いちばんはっきりした例である。
この人が住む芸北地区には、気象庁の観測点(アメダス八幡・標高774m)がある。町内で最も雪が多い地点である。
単身で、雪道の運転経験がなく、除雪を代わってくれる人がいない。 雪国へ移住した当事者の記録が、この構造を裏づけている。
除雪は世帯内の誰かに偏るものとして記録されている。単身者の場合、偏る先が本人しかない。「誰の仕事にするか」を決める相手がいないので、これは「町営住宅の除雪はどこまで町が行うのか」という制度の問いに変わる。町に確認したい2点目である。
協力隊の任期が終わったあと同じ市町村に住み続ける人は、全国で55.7%(4,477人/8,034人。2019〜2023年度に任期を終えた人)、近隣の自治体を含めても約68.9%とされる。近隣を含めても約3割が離れている。(この数値は集計値を二次情報から取得したもので、原典に到達できていない。会議で使う前に確認する。)
北広島町について、任期後の進路を示すデータは見つからなかった。ここは町が持っているはずの情報である。
さらに構造の問題がある。任期後に町で起業する導線としてサテライトオフィスがあるが、貸出4室は満室である[37]。引く力として数えた「満室」が、任期後の受け皿としては「空きがない」という意味になる。同じ事実が、時点によって引く力にも不安にもなる。
| 不安① 任期後 | 町の協力隊の任期後の進路を、町が調べて載せる。全国の数字だけでは答えにならない |
| 不安②③④ 冬と地縁 | 地区別の積雪[6][7]、町営住宅の除雪の範囲、除雪路線図。地縁の入口は神楽で、千代田高校と加計高校芸北分校に神楽部があり、進学が継承の入口になっている[38] |
| 慣性 | この層には効かない(決断済みで来る)。代わりに「着任後3か月の手引き」が要る |
基本情報は原本の逐語。感情の描写は行政資料としては異例に細かく、素材として捨てる必要はない。
属性と嗜好は厚く書かれているが、行動が書かれていない。配布された1枚の記載範囲で判定した。
| 変数 | シートの記載 | 判定 |
|---|---|---|
| V1 就業 | 「在宅で仕事する夫」 | 未確定(示唆はあるが手段の話がない) |
| V2 出発地 | 東京23区 | あり |
| V3 地縁 | 記載なし | 空白 |
| V4 契機 | 記載なし | 空白 |
| V5 住まい | 記載なし | 空白 |
| V6 通勤 | 記載なし(夫の在宅勤務の可否に依存する) | 未確定 |
| V7 冬季運転 | 記載なし | 空白 |
| V8 意思決定 | 妻の感情のみ。夫は「解決策ばかり言うIT職」 | 片側のみ |
| V9 検討段階 | 記載なし | 空白 |
移住は世帯の意思決定である。 拒否権を持つ側が小道具として描かれていると、意思決定のモデルとして働かない。
押す力 + 引く力 > 不安 + 慣性 不安と慣性が空欄のままだと、この式は必ず成立する。つまり「必ず移住する人物」になる。実在する人間は必ず不安と慣性を持つので、必ず移住する人物像は実在しない。足すと式が成立しなくなる。これが対象外ペルソナである理由の全部である。
| 距離 | 東京から広島駅まで新幹線で約4時間(のぞみの平均所要3時間54分)[49]、さらに高速バスで約1時間[40]。片道5時間前後 |
| 通勤 | 新幹線通勤が成立しない。高崎は東京駅から42〜59分。みなかみ町と富士宮市は首都圏への通勤費を補助している[43] |
| 国の支援金 | 北広島町は対象18市町に含まれていない(隣接する安芸太田町は対象)[3] |
| 町の奨励金 | Uターン奨励金は「過去に町に住民票があった16〜39歳」限定。美咲さんは対象外[4] |
| 町の方針 | 総合戦略に「東京23区」の語が一度も出てこない。数値目標は出発地を問わない[2] |
| 実例 | 遠方から定着した事例は全員が自営・専門職・協力隊。会社員のまま移った事例は0件[15][16][14] |
| 反証 | 「田舎に行けばゆとりができる」は、移住後に体調を崩して町を離れた実例で反証されている[17][18] |
東京都からの移住は3件実在する[15]。芸北へ移った異文化コンサルタントの方、大朝へ移った木版画作家の方もいる[14][16]。自営・在宅勤務で完結・地縁のいずれかがあれば成立する。
だからこのカードは固定された人物ではなく、条件が1つ変わると対象に入る境界線である。
| 夫の勤務形態が確定したら | どのカードへ移るか |
|---|---|
| 完全に在宅勤務で完結する | P2へ移る(持ち運べる専門職。V1が変わる) |
| 出社が必要 | N1のまま。町は応えられない |
| 退職して自営を始める | P2へ移る |
子が広島市にいる構図は、町の転出の実態と整合する(広島市に対して転入888人・転出911人で転出超過)[1]。神楽団は町内に51団体とされるが、町のプレスリリースでは63団体、観光協会は約70団体としており数字が一致しない。要確認[38]。
この人は移住しない。だから4つの力の対象は「移住するかどうか」ではなく「新しい世帯を受け入れるかどうか」になる。
移住者側の言葉。
いったん町を出て戻った方の言葉。
同じ地域の付き合いが、時期によって逆の意味になっている。 配布されたシートは「近所の人が温かく見守ってくれ、ワンオペの孤独がない環境」と、後者の時期だけを書いていた。時間軸を入れないと、この論点は扱えない。
| 時期 | 移住してきた側から見た景色 | 木原さんから見た景色 |
|---|---|---|
| 0〜6か月 | 何者かわからないと壁を作られる[19]。距離が近くて監視されている感じ[46] | どんな人か分からない。声をかけるきっかけがない |
| 6か月〜1年 | 相手のことを知ることが増え、安心感が大きくなる[46] | 顔と名前が一致してくる |
| 1年以降 | 近所付き合いが楽しい[46] | 当番と行事に入ってもらえる |
「温かい地域です」と書くのではなく、最初の半年は居心地が悪いと書いて、その先を書く。
現行ガイドブックも「あいさつが大事!」「行事やイベントが多い地域だったり、草刈りや家の修繕が必要だったりすると、やることは多いかもしれません」と書いている[14]。触れていないのではなく、触れたあとの時間軸と数字がないだけである。
移住者向けの誌面と、受け入れ側が読む誌面を分ける。
| 不安①② どんな人が来るか | 移住者側のページに「最初に伝えるとよいこと」を書く(仕事、いつまでいる予定か、家族構成)。地区側が聞きにくいことを、移住者側から出す形にする |
| 不安③④ どう言えばいいか | 地区の当番・行事・草刈りの実際を、地区側の言葉で書いたページを作る。言いにくいことを紙が代わりに言う |
| 慣性 声をかけにくい | 神楽を入口として明示する。千代田高校と加計高校芸北分校に神楽部があり、進学が継承の入口になっている[38] |
| 移住者側の不安⑤ | 上の時期別の表をそのまま載せる |
| P1 中村さん夫婦 | P2 大西さん夫婦 | P3 岡田さん | N1 佐々木さん | S1 木原さん | |
|---|---|---|---|---|---|
| 位置づけ | 主 | 副 | 副 | 対象外 | 受け入れ側 |
| 出発地 | 広島市安佐南区 | 横浜市 | 大阪市 | 東京23区 | (町の住民) |
| 就業の確保 | 勤務先を変えず+現地就職 | 自営 | 公的枠 | 勤務先を変えず (成立しない) | (引退) |
| 地縁 | なし | 妻の祖父母の家屋 | なし | なし | (地元) |
| 移住先の地区 | 千代田 | 大朝 | 芸北 | — | 大朝 |
| 意思決定 | 夫婦。拒否権は夫 | 夫婦。拒否権は妻 | 単独 | 夫婦。配布シートは片側のみ | (受け入れる/受け入れない) |
| 使える制度 | 空き家改修補助・保育料無償化 | 創業支援のみの可能性(要確認) | 町営住宅 | なし | — |
| 紙が担う役割 | 決断の判断材料を出す | 制度の噛み合わせを説明する | 着任後の生活を支える | 応えられないと最初に書く | 言いにくいことを代わりに言う |
| 【設】の比率 | 最も高い | 低い | 中 | ゼロ | 高い |
主ペルソナがもっとも創作に頼っている。 理由は明快で、この層は移住記を書かないからだ。出発地の45%を占めるのに、本人の言葉が1件しか見つかっていない。いちばん多く来ている層が、いちばん観測されていない。
だから町にお願いしたいことが2つある。移住相談窓口の問合せ記録と、町の「定住者の声」24件の原本である。これが入ればP1の【設】の多くを【実】に置き換えられる。それまでP1は暫定である。
| 誌面を決めるとき | 「この項目はP1の不安①に効くか」で判断する。どの不安にも効かない項目は、読者ではなく書き手のために入っている |
| 迷ったとき | P1を優先する。副ペルソナのために主ペルソナの読みやすさを崩さない |
| 書きすぎたとき | N1を見る。応えられない相手に向けた記述が混ざっていないか確認する |
| 更新するとき | 窓口記録が入ったら不安の順位を実データで置き換える。「定住者の声」が入ったらP1を作り直す。制度改正と統廃合があれば該当箇所の数字を差し替える。年1回は積雪の平年値・地価・制度の年度更新を確認する |
各カードの本文に付した番号の対応である。【実】【合】と記した記述は、すべてここにたどれる。「役所版」と記した記述は、意見交換会で配布されたペルソナシートの記載である。